リレートーク

MEMBER OF THE GANG 中本 達也 選手

2011
10.13
『ケガから立ち直れるモチベーション』

選手生命を脅かす程の大怪我を2度も経験、それでもケガを恐れず
試合に出続ける中本選手。驚きに満ちた精神面を覗いてみました。

まずはプロフィールから‥

■フットサルの好きな所
1対1での局面

■試合前のジンクス
コートに入る時は必ず右足から入ります。いつからかは忘れましたが
右足から入らないと違和感を感じます。

■好きな選手
上村 信之介選手。この選手のプレーを見て
フットサルの魅力に取り憑かれました。

■対戦したいチーム
FUGAとやりたいですね。

■苦手な選手
リンバロの相井 忍選手です。うまい!
しばらく見ない間に・・。


サッカーからフットサル転向のきっかけ・・

「最初はミニゲームの延長で・・」フットサル選手が
フットサルへの転向の理由を聞かれた時、こう必ずと言って答える。
僕もそう答える。ただ、サッカーは本気でJを目指してました。
20歳の時、単身でブラジルにもサッカー留学しました。
でも、やはり壁があって、その夢はあきらめました。
そんな時、フットサルに出会いました。ブラジルで自然に学んだ
足技には少し自信があったし、1対1の局面を多く味わえるので
1DAYの大会にもよく出場してました。


MEMBER OF THE GANGの立ち上げ・・

ギャングという響きで悪そうなチームだと思われがちですが
本当は「ダチ」という意味なんです。その名の通り、当時仲のいい
ダチでこのチームを作りました。リーグにも登録し、順調にチームも
強くなっていきました。ただ、いつからかただの仲良しチームにだけは
したくないという思いと葛藤するようになりました。
そんな思いから、違ったチーム、違った角度でフットサルを見直すべく
一人チームを離れました。


全日本フットサル選手権・大怪我・・

武者修行の先に選んだのが、強豪ひしめく関西リーグ。
レベルは高いと感じましたが、やっていく自信はありました。
クロタロ奈良、JOYと移籍し、掴んだビックチャンス、全日本フットサル選手権。
当時、個人的に調子も良く、大会が待ちきれない気持ちでいっぱいでした。
全国の強者たちに負けない自信もありました。しかし、調子のいい時に
限って落とし穴はあるもの・・。
大会前の練習試合、アクシデントは突然起こりました。
自分の足がない、激痛、全身に走る電気、暗闇。
パニックと痛みで立ち上がれない自分。
当時はチームにトレーナーなんかいません。とにかく寝たら治ると
自分に言い聞かせましたが、翌朝、患部を見ると、見るも無惨な
自分の膝が・・。診断は、膝十字靭帯断列。
頭が真っ暗になり、夢にまで見た全国の舞台は一瞬で消えました。


再起の先に見えた光・・

もう1度フットサルをしたいという気持ちから、手術を決意しました。
無事手術が終わり、苦しいリハビリもなんとか耐え、武者修行の旅に
別れを告げ、ギャングに帰りました。
また1からやり直そうとしたそんな矢先、またもや悲劇に襲われます。
2度目の断列。再起の先にようやく見えた光は、またもや一瞬で雲に
閉ざされました。


現在・・

チームは現在東海リーグ1部に所属しています。
創立時から残るメンバーはゴレイロと僕の2人だけになりました。
メンバーの年齢層もバラバラで、若い子達には自分が経験してきた事を
少しでも伝えていけたらと思います。ただ、堅守からカウンターを狙う
戦い方は絶対にしません。やはり1対1でしょ!
フットサルの究極は魅せて勝つ事だと思います。
膝は完治していません。今も切れたままです。
練習や試合後は、腫れ上がり膝が曲げれない事もよくあります。
手術は今の所考えてません。理由?
だって手術するとフットサルしばらくできないじゃないですか。笑


取材を終えて‥

膝に巻いたサポーター、ケガしている膝をかまいもせず振り抜くシュート。
見ているこちらの方が心配になりました。
ただ、本人はそんな事気にも止めていないかのように
相手を挑発するかの様な足技、スタミナ配分なんかおかまいなしの
フリーランニングで、チームを盛り上げていました。
取材中は終止、口癖の様に「ほんまついてないわ」と笑って言っていたのが
印象的でした。


取材:中井 裕太



MEMBER OF THE GANG 

中本 達也 選手
profile

中本 達也 1979.9.9 179cm/68kg


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