スペシャルインタビュー

岡部政樹
Masaki Okabe

2008.09.07
関西フットサル界のカリスマで F.C DREAM KISHIWADA SD 代表の岡部政樹選手です。

高校時代はサッカーをやってましたが、もともと団体競技がダメなのもあり、ボクシングを始めました。団体競技がダメというのは、協調性がないのではなく、さぼったり、勝手にやったりするやつを見ると、許せない性格からくるものです。

また、ボクシングを始めた理由は、中学時代の先輩にあたる井岡弘樹さんがいたことに始まります。井岡さんは、WBC世界ストロー級(現在ミニマム級)、 WBA世界ジュニアフ ライ級(現在ライトフライ級)の2階級を制覇し世界王者になったすごい人なんです。

社会人になり上京した後、郵便局の試験に合格し国家公務員になりました。そして、仕事とボクシングを両立し、ついに、郵便局で働きながらボクシングのプロテストを受験し1度目で合格しプロライセンスを取得しプロボクサーとしてリングに上がりました。

その後、挫折もありましたが、C級〜B級〜A級と順調に勝ち進み、全日本バンタム級新人王にも輝いたのです。しかし、日本ランキング入りを果たしながらこの絶頂期からケガや肝炎を患い、全くトレーニングが出来なくなり、丸 1年間を棒に振りました。その後も、原因不明の足のケガなどがあり、結局、現役への復帰は出来ませんでした。

それから、約2年後、当時、堺市内の北花田にあったフットサルコートで仲間が集まって、フットサルで何気に遊ぶようになりました。フットサルは、日常生活で味わえない事や出逢い、嫌なこと辛いことたくさんあるけど、フットサルでの一瞬の楽しさの中に、たくさんの思いが、詰っているからこそやれるんです。だから、フットサルに熱 くなれるんです。

昔は、身近に健太や関東に練習に出向くと小野くん(ともに日本代表)などとボールを蹴らせてもらい、一流と呼ばれるうまい選手と一緒にできた。そして、僕に火をつけてくれた。もちろん、彼ら以外の選手も本当にたくさんいました(笑)。

私は、目標の試合にあわせて体重を絞るんです。これはボクシングと同じで、自分のベスト体重でないとベストのパフォーマンスが出来ないという、理屈から来るものです。 今では絞っても50kg 後半くらいですが、でも、昔ボクシングをやっているころは、最初は51Kgでリングに上がったので10Kg近い減量などざらでした(笑)。

同じチームのマチオなんかも同じ考えだと思うんだけど、トレーニングしないとフットサルが出来なくなるし、長年の経験で食べ過ぎたらダメとか、うちのチームの選手達には試合までの食生活なんかも助言する事もあります。選手は、「試合の1〜2週間前にマクドナルドへ行ったのがばれたら、どつかれるとぞ〜」とか話してるみたいで、僕にちょー警戒しているようです。(爆笑)

今までで一番印象に残っているのは、2000年に全日本選手権大会に出場したことです。その時の大阪予選で、近鉄百貨店に9-7で勝って大阪代表になった試合や、関西大会で関西第二代表になった試合などもとても印象に残ってます。でも、この大会ではレベルが違いすぎて衝撃も受け、情けなくなり、フットサルで初めて泣いた場所が、あの東京駒沢体育館でした。

もうひとつは、大阪府リーグに降格して関西リーグに上がるための、関チャレでみぴこに勝ち、再び関西リーグへの復帰を決めた時には、周りを憚らず号泣しました。(笑) それで、周りを見ると全員泣いていたんで、さらに涙が止まらなくなりました。降格したメンバー全員で、1年復帰出来たことが本当に最高でした!この時、さらにチームの絆が出来た事に気付かされたものです。

最後に背番号の話題、もともとはキングカズにならって11番をつけてました。でも、今はFUTSAL界では健太を慕い、サッカー界ではモリシを慕って8番で頑張っています!

岡部政樹
Masaki Okabe
1969年10月6日生

岡部政樹

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