スペシャルインタビュー

草葉達也
Tatsuya Kusaba

2009.03.05
日本最高峰の作家の集まりである日本ペンクラブに所属。45歳ですがフットサルにかける情熱はすごく、サッカー・フットサルのチャリティープロジェクトを立ち上げ活動中です。

草葉達也さんは、1986年度NHK演芸台本コンクールに初めての応募で入賞し、その後、ハイヒールやこだまひびきにNHK放送の漫才脚本を書くようになりました。『人を泣かすのは簡単だけど、笑わすのは難しい』と草葉さんは笑います。ある時、西川きよしから『この秋にやすしくんと漫才復帰しようと思てる。草葉さん僕らの台本書いてくれへんか?』って話があった。すごいうれしくて、がんばって書いたんだけど、やすしさんが暴力事件を起こし、吉本をクビになった。この事が原因で漫才脚本をやめたんです。 その後、宝塚歌劇が好きだったこともあり評論を書き出しました。また、宝塚歌劇の歴史も研究しているので、そういう番組の特集などがあればテレビなんかも呼ばれます。また、島崎藤村が初代の会長である日本ペンクラブ会員で、エッセイも書いています。

神戸は日本のサッカーの発祥の地なんですよ。港町である神戸は古くから、イギリス人やオランダ人が往来し、住みつき、140年前に神戸レガッタ・アスレチック倶楽部という外国人倶楽部が出来て、サッカー、テニスやゴルフなんかを外人がやるようになったんです。また、ブラジル移民も100年前に神戸から始まり、昭和45年ころまで続いたんです。今では、神戸に戻って来てる日系ブラジル人もいるんです。そういうところからも神戸とサッカーは、深い関係があるんです。

40歳の頃、息子が通っている小学校でサッカークラブを立ち上げることになりました。私は子供好きで、近所の子供たちにも人気があったのを学校の先生も知っていて、このサッカークラブの指導してほしいと言われた。でも、サッカー経験がゼロだった私は、コーチングの勉強をしてなんとか指導できるようにはなったが、どうしても実技がダメだったんです。そこで、ヴィッセル神戸のスクールに通い出したんです。最初の1~2ヶ月は、とてもきつくて、すぐにやめようかとも思ったくらいでしたが、半年くらい経ってだんだんと面白くなってきて、点も入るようになり、いつもまにかワントップのフォワードをやらせてもらえるようにまでなったんです。

私は、物書きですし運動もしないので体重が100kgもあったんです。でも、サッカーを初めてこの体重も70キロくらいになり、ベルトの穴は8個変わったんです(笑)。本当は、子供の頃から運動好きで運動神経も良く、10代の頃は50mを5秒台で走ってたくらいなんです。

私は三浦カズが好きで、ず~と11番をつけてるんで、みんなからは『キング』って呼ばれているんですよ(笑)。活動の方は、火曜日はデウソンKOBEで個人フットサル、水曜日はヴィッセル神戸のサッカースクール、週末は外国人倶楽部でサッカーをしています。また、去年の10月からチャリティーをはじめまして、私がゴールを決めたら、赤い羽の共同募金に100円寄付するというものです。それから、チームを集めてチャリティーマッチやったりして、寄付金が月に7,000円くらいになるんです。この中の20ゴールくらいが私です。そして、神戸のサッカーフットサルを盛り上げていく運動もしています。

私がデウソン神戸と出会い、最初に原田浩平くんを見て、プレーに衝撃を覚えフットサル感が変わった。また、デウソンも攻撃的でみんなすごく楽しく明るいし、まるでブラジル人のようだ。私がフットサルをやり始めたきっかけは、『デウソンのスクールをやってるから、一度体験で来てみて下さい。』といわれて参加し、それではまってしまったんです(笑)。デウソンスクールは、今のデウソンの泰澤監督が教えてくれました。フットサルは、点を取りにいけるところや、男女年齢に関係なくできるところがいいですね!


草葉達也
Tatsuya Kusaba
1963年5月9日生
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草葉達也

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