スペシャルインタビュー

本多克己
Katsumi Honda

2010.02.01
フットサルの歴史を語る上で欠かすことが出来ないアイデアマンで、FC JAPNを設立し、大会などのイベントやフットサル施設に向けても予約システム、フットサルランキングなども考案した。最近では、sankeiSALを発行し全国のフットサラーに情報を伝えています。

私は小学校からサッカーをやっていました。中学校の時に、ハンドボールゴールを使ってやったミニサッカーが、今で思えばフットサルの出会いでした。当時は、加茂スポーツ主催のミニサッカー大会があって、高校の時に『三宮三丁目』というチームを結成し、出場したことがあります。また、運営者としては 1996年ころ、マグスミノエ(屋上コート)でおこなわれた、オープニングフットサル大会を企画し開催しました。

サラリーマン時代、広告代理店の仕事をしていました。私はサッカーが好きだったので、その会社で1996年ころから『soccerboy.com』というサイトを立ち上げ、フットサルランキングなどフットサルに関わる情報も配信していました。ちょうど、このころにはじまった、インターネットとフットサルは、すごくおもしろいと思ったし、これからどんどん伸びて行くと考えていました。このフットサルランキングは、当時、2000チームの登録がありました。当時、このシステムに興味を持った、今のフットサルタイムズ北谷氏も私の会社にきました。そして、スポーツジャーナリストの賀川浩と出会い、独立しクラブハウスという会社を設立。FC JAPANを立ち上げたのです。

FC JAPANなどのWEBをやったので、こんどはどうしても印刷物をやりたかった。ニッポンハムカップを運営していたこともあり、産経新聞との繋がりもあったので、いろんな企画を持ちこみ、アプローチし続けて、それでやっとFリーグがはじまるタイミングで開幕までに合わせてやろうということになり sankeiSALを発行することができました。そして、この雑誌はフットサルの情報誌ということで、フットサル場に置いてもらって、気軽にみんなが手に取って見てもらえるイメージで、フリーペーパーにしました。

関西で思い出深いフットサラーが3人います。まずは、ドリームの岡部政樹です。彼は関西を盛り上げて来たカリスマであり、立役者です。続いては藤井健太です。彼のホームページを作った経緯もあって良く話もしました。彼は代表主将などの経験を経て、フットサルとともに人間的にも成長したと思います。3 人目は鈴木清です。ブラジル人チームヨナイチに所属し、97年からずっと大会に出てくれて、いつも勝負にこだわって、日本人に持っていないものを持っていた。私は、勝負にこだわっている人が好きです。スポーツをやる以上は、勝つ事を目指してやることだと思うし、それが楽しいんです。

フットサルは、96年ころからインターネットと共に成長をしてきました。特にフットサルは、個サルやロマンティックパーティーなど、他のスポーツでは考えられないことができる本当におもしろいスポーツなのです。そして、これからも、まだまだできると思っています。今後、ゴルフの石川 遼やスケートの浅田真央のようなスーパースターがフットサル界にも出て来て欲しい。そしたら、『オレも大きなったらオーシャンズに入るねん!』という夢を持った少年も出てくるんではないかと思います。

1965年6月23日生
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本多克己

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